ビートルズ・ストーリー(サード・アルバム発売後~4枚目のアルバム「ビートルズ・フォー・セール」発売)

ビートルズビートルズ・ストーリー

この記事では現在でも多大な影響を及ぼす偉大なグループ「ビートルズ」のサード・アルバム「ハード・デイズ・ナイト」発売後~4枚目のアルバム発売「ビートルズ・フォー・セール」リリースぐらいまでの流れを大まかに書いています。

サード・アルバム「ハード・デイズ・ナイト」リリース後

サード・アルバム「ハード・デイズ・ナイト」リリースからまだ間もないビートルズでしたが、1年に2枚のアルバム、3枚のシングルをリリースするという契約を守る必要がありました。

さらに本格的な米国ツアーと英国内ツアーも迫っていたために、とにかく次のアルバムのレコーディングを開始しなければなりませんでした。

前作のサード・アルバム「ハード・デイズ・ナイト」は収録曲すべてがレノン=マッカートニーのオリジナル曲でしたが、過密スケジュールということもあり4枚目のアルバムはファースト・アルバム、セカンド・アルバムのスタイルを踏襲し、カヴァー曲6曲を含む全14曲でレコーディングすることに決まりました。

4枚目のアルバムのレコーディング開始

ビートルズ陣営は4枚目のアルバムはクリスマス商戦に合わせてリリースする戦略で4枚目のアルバムのレコーディングに着手しました。ただ、前作アルバムをすべてオリジナル曲として出したレノン=マッカートニーに新曲があるのか?という不安もありました。

しかし、その不安はレコーディング初日にレノン=マッカートニーが4枚目のアルバムに収録されることになる曲「ベイビーズ・イン・ブラック」をスタジオに持って現れたことで不安は杞憂に終わります。

とはいえ、新曲をのんびりと待っている時間はなく以前からのライヴのレパートリー曲であった「ミスター・ムーンライト」と以前からあるオリジナル曲の「リーヴ・マイ・キトゥン・アローン」のレコーディングも開始されました。

「リーヴ・マイ・キトゥン・アローン」は、4枚目のアルバムに収録されることはなく、1995年にリリースされた「アンソロジー1」で日の目を見ることになりました。

ツアー&レコーディングのタイトなスケジュール

契約を守るためのレコーディングは重要だったビートルズですが、当時はやはりコンサート(ライヴ)活動がメインだったのでライヴも次々とこなしていかなければなりませんでした。

ビートルズが精力的にライヴ活動を続けていたこの頃、英国ではビートルズの影響でいわゆる「ビート・バンド」が続々と現れていました。

共演者の中には「ハイ・ナンバース」というバンドがいました。ハイ・ナンバースは後に「ザ・フー」と名乗る皆さんご存知の英国の有名バンドです。

大規模な米国ツアーもスタート

1964年8月には米国で「ビートルズ・ファースト・アメリカン・ツアー」がスタートし、ビートルズはツアー三昧の日々を過ごします。そしてツアーのオフ日になると、ビートルズはシングル曲を含む8曲を一気にレコーディングしました。

9月の数日前に人種差別による暴動が起こったばかりのフィラデルフィアでのコンサート(ライヴ)でビートルズは、この日の観客がすべて白人だったことに嫌気がさしてしまいます。なぜならビートルズは黒人差別の撤廃を目指す公民権運動を支持していたからでした。

ビートルズは、「黒人がどの席でも自由に座れるようにならない限り、僕らは出演しない」と新聞に声明を出しましたが、マスコミはこの声明に批判的な論説を出しました。

ビートルズのこの行動をメンバーが敬愛する黒人シンガー、スモーキー・ロビンソンは「ビートルズはブラック・ミュージックを聴いて育ったことを認めた最初の白人アーティストだった。私(ロビンソン)は彼らのそういう誠実さが大好きだ」とコメントし最大限に評価します。米国の音楽業界も大方スモーキー・ロビンソンの意見と同じだったようです。

発言に影響力があることを意識し始めたビートルズ

この3年後には「愛こそはすべて(オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ)」で世界に向けてメッセージを発信することになるビートルズですが、この頃にはすでにビートルズは自分たちの言動や行動が世界中から注目されていることを意識し始めていたと思われます。

それまでアーティストが自分の思ったこと自由に発信するという前例はほとんどなく、ビートルズはまさにその先駆けと言えるでしょう。アーティストが自分の思ったことを自由に発信する…後に「平和を我らに」「イマジン」などの数々のメッセージ・ソングを生み出すジョンはメンバーの中でも特にこの傾向が強く感じられます。

フォーク色の強い4枚目のアルバム

ビートルズの4枚目のアルバムは、ボブ・ディランの影響を受けたと思われるフォーク色の強いアルバムになりました。また、元々メンバー(特にジョージとリンゴ)の好みのジャンルであったカントリー色も表に出た、ビートルズのアルバムの中ではエレキ・ギターよりもアコースティック・ギターに比重(特にジョン)を置いたアルバムになっています。

このアルバムのカントリー・タッチの曲ではジョージのエレキ・ギター、グレッチ・カントリー・ジェントルマンやテネシアンが本領発揮。ここぞとばかりに軽快なカントリー・サウンドを奏でています。

ビートルズ・フォー・セール

ビートルズ4枚目のアルバム・タイトルは「ビートルズ・フォー・セール」。クリスマス商戦に引っかけて「BEATLES FOR SALE(ビートルズ売り出し中の意味)」となっています。

憂いを帯びた4人の表情が印象的なアルバム・ジャケット写真は、カメラマンであるロバート・フリーマンがメンバーをハイド・パーク(ロンドン)でアルバムのレコーディングの合間に撮影したものです。

4枚目のアルバム・タイトルは「ビートルズ・フォー・セール」は、1964年12月4日にリリースされ全英チャートで15週1位(通算)に輝きました。

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