この記事では現在でも多大な影響を及ぼす偉大なグループ「ビートルズ」の5枚目シングル「抱きしめたい」発売~米国進出ぐらいまでの流れを大まかに書いています。
ビートルズのセカンド・アルバム発売後
1963年11月22日にリリースされたセカンド・アルバム「ウィズ・ザ・ビートルズ」のレコーディング・セッションではアルバムには収録されていない5枚目のシングルとなる「抱きしめたい(B面はジス・ボーイ)」もレコーディングされていました。
ビートルズ5枚目のシングルとなる「抱きしめたい」は、1963年11月29日にリリースされ、4週連続で1位に輝きます。
英国でセカンド・アルバム「ウィズ・ザ・ビートルズ」と5枚目のシングル「抱きしめたい」がチャートの1位を独占していたとき、マネージャーのブライアン・エプスタインとプロデューサーのジョージ・マーティンが次なる戦略として考えていたのは『米国進出』でした。
当時、英国のミュージシャンの米国進出は困難だった
米国進出を目論むビートルズ。しかし、1963年頃はまだ英国のミュージシャンの米国進出は困難を極める状況でした。なにしろ前例がなく、当時の英国の大スタークリフ・リチャードが米国進出に失敗していたことも英国の音楽業界にマイナス面(成功しないのでは?という委縮感)での影響を与えていました。
実際問題、レコード会社もビートルズのレコードの米国発売には乗り気ではなく、英国ではパーロフォン(親会社はEMI)からレコードをリリースしていたビートルズが米国でレコードをリリースするとなると、米国でEMIと資本提携関係にあるキャピトル・レコードからリリースされることが自然なながれなのですが、、当初キャピトル・レコードはビートルズのレコードのリリースを拒否します。
マイナーなレーベルからスタートしたビートルズ
キャピトル・レコードからリリースを拒否されたビートルズは、シカゴのマイナー・レーベル「ヴィー・ジェイ・レコード」からレコードをリリースすることになりました。ビートルズはなんとか米国でレコードを発売したにはしましたが、これといったプロモーションもない状態でマイナー・レーベルからリリースされたビートルズのレコードは地味な存在にとどまっていたのです。
英国での爆発的な人気が風向きを変える
英国とは大きく異なり、米国では地味な存在にとどまっていたビートルズ。このままでは前例のごとく米国進出など夢のまた夢と終わりそうでしたが、英国でのビートルズの爆発的な人気を無視できなくなったキャピトル・レコードはついにリリースを決め、1963年の後半(12月16日)にシングル「抱きしめたい(B面はアイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア)」を発売することになりました。
起死回生のシングルそしてアルバムリリース
こうして米国でリリースされたシングル「抱きしめたい」は、翌年(1964年)の1月10日にはなんとレコードの売り上げが100万枚を突破。結果的このシングルは全米チャートで7週連続1位を記録することになりました。
シングル「抱きしめたい」の大ヒットに続きキャピトル・レコードは1月20日にアルバム「ミート・ザ・ビートルズ」をリリースし、このアルバムは11週連続1位を獲得。このようにしてシングルとアルバムを成功させたビートルズは、米国進出の地盤を築きました。
エド・サリバン・ショー出演
1964年ビートルズは米国の人気TV番組「エド・サリバン・ショー」に出演。まず前半に「オール・マイ・ラヴィング」「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」「シー・ラヴズ・ユー」の3曲。後半には「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」と「抱きしめたい」の2曲を演奏しました。
ビートルズが出演したエド・サリバン・ショーは、72%とという史上最高視聴率を記録。これは単純計算だと米国全土の2324万世帯、7300万人がこの番組を観たと記録されているそうです。
米国での最初のコンサート
エド・サリバン・ショー出演(録画&生放送の3週連続出演)の間の1964年2月11日にはビートルズの米国最初のコンサート(今でいうライヴ)が、ワシントン・コロシアムで開催されました。ここは円形のステージを観客が取り囲む会場だったので、ビートルズは3曲目、6曲目、9曲目と向きを変えて演奏しました。
およそ30分で演奏された曲目は「ロール・オーバー・ベートーヴェン」「フロム・ミー・トゥ・ユー」「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」「ジス・ボーイ」「オール・マイ・ラヴィング」「アイ・ウォナ・ビー・ユア・マン」「プリーズ・プリーズ・ミー」「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」「シー・ラヴズ・ユー」「抱きしめたい」「ツイスト・アンド・シャウト」「ロング・トール・サリー」の12曲でした。
そして12日にはクラシックの殿堂、ニューヨークのカーネギーホールでもコンサートが行われました。
米国での大成功を手土産に英国へ帰国
このようにして米国での大成功を収めたビートルズは英国に帰国します。米国での成功を収めた今、ビートルズが世界制覇をするのは時間の問題でした。
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